体は資本。健康の価値に改めて気付かされた

昨日まで風邪で寝込んでたんですけど、体調不良ってすごい辛いんですよね。

やっと復帰できました。

 

 

2週間ほど前から咳が出ていたんですけど、本当に辛い。

まず、喋れないし、満足に息も吸えない。

 

 

流石に長引きすぎて、病院に行ったら気管支炎と気管支拡張症と診断されました。治ったと思ったら、そのまま風邪に突入しました。免疫下がってるとマジで弱いです。

 

※お薬たくさんもらいました。

 

夜寝るときも、咳き込んじゃって寝れないんです。

 

いつもどうやって寝てたんだっけ?

普段はどうやって息してたっけ?

こういう時、健康だったらどういう感情なんだろう?

 

 

みたいな、いかに普段の生活が当たり前になっていたかを感じました。

 

 

健康って僕達からしたら当たり前かもしれないですけど、当たり前じゃないんだなって。

痛感しました。

 

僕達は健康を当たり前に享受しているけど、それが当たり前じゃない人もいます。

 

こんなこと言うのは不謹慎かもしれないけど、健康で生まれたからには健康で生まれた使命があると思います。

 

要は、健康な人にしか果たせないこと。

 

 

だから健康をもっと大事にしないといけないと思う。

 

ああ、もっと感謝しなきゃなって

 

 

切実に感じました。

 

 

これに気づけるってすごく幸せなことかもしれないです。

 

まだ健康を取り戻せるので。

 

 

 

健康はめちゃくちゃ尊いです。

 

 

健康を失ってから、後悔しても遅いです。

 

でも、ほとんどの人は健康を失ってから気づきます。

それまでは不健康を摂取し続けます。

一時の快楽の方が良いと言います。

 

 

今健康でも、いつまで健康が保たれるかは分からない。

病気になるかもしれないし、明日事故に会うかもしれない。

 

 

体は資本。

 

これまじで本質です。

 

 

体がなかったら、何もできないです。

 

 

この当たり前を失ったら、精神状態を保てるのか。

明日も生きようと思えるのか。

明るく暮らせるのか。

 

僕は多分無理です。立ち向かう勇気すら失うかもしれない。社会に対する希望も失ってしまうかもしれない。

 

 

健康はやっぱり尊いです。

 

 

 

 

今ある健康に感謝して、精一杯頑張らなきゃいけないなと思います。

リスクヘッジもしながら。

 

 

健康とか安全とか、今の時代その方法はある程度確立されつつあります。

そんな時代だからこそ、情報も大事です。

 

 

情報を得られることによって健康になれるなら、情報=健康の価値があります。

 

 

適度に運動するとか。

体に悪いものを摂らないとか。

偏った食事しないとか。

生活習慣考えるとか。

 

 

だから、僕はタバコを吸いません。

添加物が多く含まれるコンビニ弁当は食べません。

 

 

こう行った行動も、精一杯生きるに含まれると思います。

だって、やらなきゃ健康が阻害されますから。

 

自分の為にも、自分が守りたい誰かの為にも。

 

 

スピリチュアルにいうなら神から、

物理的にいうなら母から、

 

授かったこの体を大切にしないといけないなぁと思うわけです。

 

そうじゃないと、僕が与えたい価値が与えられなくなってしまいますし、やりたいこともできなくなってしまいます。

不注意で健康を失うのはあらゆる人に対して失礼です。

 

 

 

体調を崩して初めて「健康の価値」に気付く愚か者でした。

 

 

 

追記:

ここまで書いてみて思ったんですけど、やっぱり僕は人一倍臆病なんだと思います。

健康じゃ無くなることがすごく怖いです。痛い思いも辛い思いもしたくないです。誰かにその思いをさせるのも嫌です。

そういうことに対してすごく警戒します。かなり前から警戒します。生存本能が強いのかも。

冷蔵庫のご飯を温めないくらい、普段はテキトー人間なんですか、こういう部分だけ慎重です。

僕が変なところで慎重になるのは、きっとこういう部分と繋がってます。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ブロガー&フリーター&来年は起業家| webと旅とアウトドアが好き。 月間100万PVメディアでライターしてます。個人ブログ『ゆとり男子』 Webメディア『まだ憐れんでないの?』編集長 | 生物多様性への価値観をアップデートします。 |浜松生まれ|新宿在住 |