「なんで動物を救いたいの?」に、やっと答えがでた。

僕は、動物愛護とか、環境保護の活動に関わったりしているんだけど、

 

「どうして動物救いたいと思ったんですか?」

とか、「どういう思考で今の考えにたどり着いたんですか?」

みたいに今の活動の理由を聞かれることが増えてきた。

 

でも、ずっとうまく説明できなかった。

自分の思考を言語化できずにいた。

 

なんでだろう、とか。

原体験ってなんだろ。

 

っていうことを考えていたんだけど、やっと簡潔にそして納得のいく言葉が出てきた。

 

それは、「理不尽が嫌いだから」

 

シンプルだった。

 

今日はその原体験も含めて綴っていきたいと思う。

 

 

僕は理不尽が嫌いだ。

 

幼い時から理不尽な出来事が本当に嫌いだった。僕は一般的に見ると、きっと少し変わった、どちらかといえば変なやつなので、昔から理不尽な扱いを受けたと感じたことが多かった。学校では目をつけられやすかったし、性格に関して怒られてきたこともたくさんあった。

例えば、僕は中学生のとき、友達がいたずらで僕の机にたくさん図書館の本を詰め込んでいたことがあったんだけど、それを先生に見つかった時に僕は学校の本の使用が禁止になってしまった。逆にイタズラをした友達はお咎めなしだったし、僕はなぜこの状況なのかを説明したけど、承認されなかった。

こちらからしたら、とつぜん自分の机に本がたくさん入っており、驚いている間に図書館の使用が禁止になるという意味の分からなさっぷり。意味が分からないし、それを伝えることがいないのは本当に辛い。

 

そのほかにも、特に悪いことはしていないのに、難癖をつけられて怒鳴られたりしたことは多々ある。それって、教育でも何でもなくただの教師の鬱憤ばらしなのだ。相手の気持ちを無視して、自分の気持ちを一方的に押し付けるのってレイプみたいなもんだし、人としてどうなのかなと思ってしまう。

学生の僕は、教師という立場に逆らうことができないので、泣き寝入りするしかなかった。

 

多分、僕が理不尽について考えるようになったのはそこからだろう。

 

僕はそんな理不尽が大嫌いだった。

 

だから、大人になったら理不尽を受けることがないように、高い立場を持った人間になりたいと強く思った。それと同時に立場の差を利用して理不尽なことをする大人にはなりたくないな、と思った。

 

そんな立場の差を利用され、理不尽を受け続けているのは僕のいる学校だけではないということを、無意識に悟った。

つまり、社会ではもっと同じようなことが起こっているんだなという、ことは幼いながらにもなんとなく分かった。

 

理不尽って、する側の一方的な理由だからだ。

 

相手の気持ちを無視して、自分の気持ちを一方的に押し付ける。

それはただ単に感情のコントロールができていないだけなのだ。

僕は感情のコントロールができない人が嫌いなんだけど、それってそれだけで周りに迷惑かけてるし、その言葉に安住して成長していない。人に迷惑かけてるのにそれを改善できない人は嫌いです。

これは個人の主観だけど、他人に迷惑かけてるならそれを最優先で改善するべきだと思う。迷惑かける責任かなと思うので。

 

話が逸れたけど、

理不尽が嫌いだから。立場の弱いものから搾取するのが当たり前になっている現代社会にとても違和感を覚えるし見ていてとても気分が悪い。

だから、僕は社会から理不尽を受けてる弱者を助けたいと思っているんだけど、

 

人間にも社会的弱者は存在している

 

 

ホームレス

身寄りのない老人

貧困者

シングルマザー

 

一般に、社会的な弱者ってたくさんいるのは間違いないんだけど

 

僕は、一番は動物だと思っている。

 

 

それはチャンスがないからだ。

動物にはチャンスすら与えられずに、制約され、利用され、一生を終えていく。

動物にはその状況を抜け出すためのチャンスがないのだ。

だから、一番の弱者で、理不尽の被害者は動物なんだ。

 

だから、僕は動物を助けたい。助けられる力が欲しい。

 

そう思う。

 

ここでいう動物を、僕の思っているイメージを具体化すると

殺処分されてしまう動物、

工場畜産の家畜

開発によって絶滅に追いやられる野生動物や、その他の自然です。

 

人間にはチャンスがあるだけマシ

 

動物助けるくらいなら、困ってる人々を助けてくれよという意見は実際ある。

 

人間の中にも色々弱者と呼ばれる人たちが存在することは事実だし、

色々良い状態にしていきたいと思っている。

 

 

でも、ぶっちゃけ人間にはチャンスがあるのだ。

 

いくつか恵まれない状況もあるかもしれないけど、脱出できるチャンスは実はいたるところに用意されている。

 

生活保護・義務教育・大学受験・一括採用

特に今の時代でいうと、インターネットの恩恵は大きい。

カフェでwifiは無料で使えるし、安いスマートフォンなら数千円で購入することができる。インターネットにアクセスするのはもはや誰でもできる時代になっている

チャンスがいくらでも転がっている時代なのだ。

 

話を戻すが、

今でも年間約5万頭のイヌネコが里親が見つからず殺処分になっている。殺処分以外にも、工場畜産とか他にも色々あったりするんだけど、僕はとても理不尽だと思ってしまう。人間と動物という立場の差を利用してるからだ。

これって、何年も前から変わっていないし、成長していない。

 

この辺って日本の国民性が出てるかのかなと思うけど、安定志向が強いというか、向上心が低い。自分が満足している状態だと、現状を守ることに走ってしまう。まあ、悪いことではないと思うんだけど、社会の現状をちゃんと知っていたら、弱者までもっと還元してもいいのではないかと思うんだけど。

これだけ、恵まれた日本で生まれ、インターネットが普及した高度な情報社会に生まれているのだから、その環境を適切に活かせば這い上がれる確率はかなり高くなっていると思う。

だから、この社会の中で弱者になっている人は、成長を怠った人か、成長方法を知らなかった人だ。

言い方が悪いけど、実際そうだと思っている。

インターネットで、お金を稼ぐための方法なんていくらでも載ってるし、求人だって、美味しいご飯も、正しい情報はいくらでも載っている。

幸せに生きるための基盤は十分揃っていると思っている。もちろん、「努力なしで」という意味ではない。

まだまだ整備する余地はあるが、とても恵まれた環境である。

そんな状況だから、人間の弱者救済を行うのは当分先になってしまうという訳である。

 

これが、僕が人間よりも動物の力になりたいと考える理由だ。

多少尖っているが、理解いただけたら嬉しい。

 

 

実際、他にも理由があるのでシリーズ化していこうかな。

思考を言語化すると、より強い思いや確信になっていくので。

 

 

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ブロガー&フリーター&来年は起業家| webと旅とアウトドアが好き。 月間100万PVメディアでライターしてます。個人ブログ『ゆとり男子』 Webメディア『まだ憐れんでないの?』編集長 | 生物多様性への価値観をアップデートします。 |浜松生まれ|新宿在住 |